2021年 第3回企画展 -駒形十吉生誕120年
平山郁夫との出会い そしてコレクション充実へ-

2021年10月6日(水)~12月19日(日)

平山郁夫 《駒形十吉像》一部 1978年

平山郁夫《駒形十吉氏像》 1978年

「ひょんな話から、私の肖像画を描いて下さることになって、鎌倉二階堂の平山さんの画室に妻と二人でお訪ねしたのは、昨年(昭和53年)10月の秋日和の日でした。」和服がよいとのリクエストに着替えてモデルとなった駒形。鉛筆をもち写生帖に向かった平山は早いスピードで描き進んでいきます。
ほどなくデッサンは完成、「今更ながら、その秀抜の描写力と確かさには驚くばかり。
描線は沈潜しながらの強靭さの中に美しさのある稀に見るものだ。」と駒形は感動しています。
そして、肖像画が出来上がると「平山さんは詩人なのである。その作品は画家平山と詩人平山との2重奏によって生まれてくるのである」作品に満足した駒形でした。

平山郁夫 《西都長安大街》 1976年

平山郁夫 《西都長安大街》 1976年

長安の盛時の人口は100万人を越え、諸国からくる外交使節、留学生、商人も多く、西のバクダットとともに濃密な異国趣味をただよわせた国際都市でした。
今は西安と名を変え、歴史都市としての面影をわずかにとどめているにすぎません。画家は現在の西安に唐代長安のイメージを重ね合わせます。群青を主調とした画面に金の光を降らせて、いにしえの栄華を想像させます。

勅使河原蒼風《日輪》

勅使河原蒼風《日輪》

駒形は、文化人、財界人など多くの人と交流がありました。
彼の喜寿の祝いにはそれらの方々が集いお祝いの式典が行われましたが、この日所用があり出席できなかった草月流家元の勅使河原蒼風は、自ら描いた額を駒形に送っています。
富士の上に大きな丸。その下にはお祝いの文章が書かれています。
「新潟の古い唄に喜寿米寿で初花咲いて百で迎えが来たならばちょっと十年待ってくれ というのがある由 まことに気に入りました。…」なんとも粋な文章でしょう。そして贈られた駒形はどのように感じたのでしょう。

*勅使河原蒼風 1900年大阪生まれ。その後東京へ。1927年独立して草月流を創始。
いけ花の他、油絵、日本画、書も出品。
また、早くから彫刻も手がけ、前衛的な表現を追求。フランス政府から芸術文学勲章、レジョン・ド・ヌール勲章を受章。第12回芸術選奨を受ける。

岡部嶺男 《窯変米色瓷椀》

駒形は加藤唐九郎の作品を愛蔵し、さらに唐九郎ファミリーの作品にも関心を寄せ、コレクションしています。岡部嶺男は唐九郎の長男です。
嶺男独特の柔らかな米色釉にランダムな貫入。手に沿った椀型で口縁に向けてすこしすぼめたこの茶碗は、まさに茶を楽しませてくれるやさしい一碗です。

*岡部嶺男 1919年瀬戸市に陶芸家加藤唐九郎の長男として生まれる。
1937年愛知県立瀬戸窯業学校を卒業し父の陶房で制作を続ける。
1952年第8回日展に「志野扁壷」で初入選。1962年プラハ第3回国際陶芸展でグランプリ銀賞を受賞。
岡部姓へ改姓。1963年日本工芸会を退会し無所属となる。1990年死去、享年70歳。「嶺男青瓷」と呼ばれる独特の釉色の青瓷釉をまとう作品を生み出した。

作品リスト

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