-『白と黒』 茶碗の魅力-

8月1日(土)~10月4日(日)

近代、現代の美術作品を収集した駒形十吉にはもう一つのコレクションがあります。それは、陶芸とくに茶碗です。1973年から始まった駒形(NST)の主催した県民茶会は、初夏の長岡市悠久山を舞台に十年以上続けられました。駒形の茶陶に対する思い入れは強く、茶碗を『この子』と呼び愛しんでいたほど。今回の展覧会では、彼のコレクションの中から『白』と『黒』、対極の色彩の茶碗を展示いたします。

加藤唐九郎  《黒織部茶碗 銘 がらしや》

駒形はギャラリーから購入したのち唐九郎本人に箱書をお願いしたところ《がらしや》と書きつけられた茶碗です。唐九郎はこの茶碗をとても懐かしがりしみじみ見入っており、駒形は愛着の深さを感じたようです。

高台を低く削り出した筒茶碗で、口に向かって少しすぼまったすっきりとした形をしています。そこに大胆な十字と円窓が白抜きされ、白と黒のはっきりとしたコントラストが異国の雰囲気を漂わせています。釉薬は、雫がそのまま固まったかのような粘性の強いものを使用し、大胆さと繊細さが表れています。

十字の文様をキリスト教のクロスとみたて、唐九郎は細川ガラシャを思い出したのでしょうか。この強い文様のおかげで実際より大きく見えますが、実は手にすっぽり入る大きさで軽い茶碗です。

普通、文様のある黒茶碗は《黒織部》と称されていますが箱書きは織部黒と書かれています。

加藤唐九郎《黒織部茶碗 銘 草堂》

 

この茶碗も文様のある黒茶碗ですので一般には黒織部と称されます。

轆轤で成型し底は円形ですが、上に向かって少しずつ歪ませ三角形に変形させています。艶のある黒釉薬をわざと三角形にかけ外し、かやぶき屋根を思わせる文様を書き足しました。このようなかけ外しは桃山期の志野茶碗などで行われた技法です。

ある道具屋が桃山期のものと見間違えた作品で遊び心あふれる洒脱な作品です。駒形は購入したのち唐九郎に銘を求め、《草堂》と箱書していただきました。

加藤唐九郎《曙志野茶碗》

「志野・黄瀬戸・織部 桃山と唐九郎」展(1984)で新作として出品していた作品です。

箱表に自著で「あけぼの 玄」と書いてあります。一ム斎でもなく、ヤトでもなく、玄。そこには、作為を捨てた作品を創るという唐九郎の意志を感じます。確かにすなおな半筒型の茶碗に仕上がっています。

加藤重高《志野茶碗 銘 好日》

半筒茶碗の中ほどをすこし指でへこませた跡が見えます。あわい肌色に呈色された上にのびやかな筆で花が描かれています。唐九郎の愛弟子である重高氏は絵も形もある意味職人的に巧い。

駒形は、重高氏の個展で3点の志野茶碗を購入しました。駒形はその中の1点に銘をつけてほしいと唐九郎に頼みます。銘をつけるのは初めてだという唐九郎に、ギャラリーの社長が「好日」はどうかといい皆に賛成され、唐九郎が箱蓋に「好日」と記しました。

15代吉左衛門 樂直入 

《焼貫黒樂茶碗 銘 古壁彩虯金帖尾 雨工騎入秋潭水 》

十五吉左衛門は、平成2年(1990)に個展『天問』を開きます。出品された作品はすべて焼貫の技法を駆使した茶碗,水指、茶入です。当時、これらの作品はこれまでの茶の湯の茶碗には存在しない前衛的な作品として常識、価値観を揺るがす起爆剤となりました。『焼貫』は15代吉左衛門の主要な技法です。

―それは、焼き貫くこと。鞴(ふいご)を取り付けた楽家独特の黒楽窯で、黒楽茶碗よりもさらに激しく鞴を吹き温度を上げる。高温の備長炭から発する激しいガスの気流が茶碗をとりまく。そこで生み出される窯変は、ひとつとして同じものがない独自の世界を形成する。まさに自然の炎と人が手を結び、一つになる瞬間である。―(「天門」(1990年より)

アルプスのように切り立った茶碗は赤、緑、黒が抽象画のように飛び散っています。この作品で茶を飲むとき、どうだ、呑んでみろと挑戦されているかのようです。

作品リスト

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